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豚バラ肉を長時間煮込み油抜きをしたものに砂糖、醤油、酒などを加えさらに煮込んで味付けが施されており、見かけよりも脂っこさがなく、柔らかい食感である。これを好んだと伝えられる中国の文人・蘇東坡にちなみ東坡煮とも言われる。





卓袱の語源は、本来東京(とんきん)語の卓の意味であるが、今では卓上の料理そのものを指す。
1600年頃より渡来した唐人は唐人屋敷完成までの約80年のあいだ町屋に雑居していたが、その間に唐風料理を伝えた。
長崎における唐風料理は、長崎の家庭食に取り入れられた唐風料理と唐人屋敷における唐料理の二つの流れが考えられ、長崎人はそれらを卓袱と総称した。

 食卓は円形、長方形の2種あるが、普通6〜7人が朱塗りの円卓を囲んで座り、現在の卓袱はお吸い物に始まり、唐風、和風、南蛮風料理がコースの順にしたがって人数分だけ色いろの皿に盛られて出てくる。各人は2枚の取皿を上手に使って食べるわけだが、料理に魚菜を用いるもの、蔬菜のみの2種あるが代表的料理は次のようなものである。

 一般的な献立をみると、お鰭(吸物)、小菜(さしみ)、小菜(湯引き)、小菜(口取り)、小菜盛(香の物)、中鉢(豚角煮)、大鉢、煮物(スープ仕立)、ご飯、水菓子(果物)、梅椀(しるこ)の順に食卓に運ばれる。





江戸時代の料理書によると、「茶碗蒸し」は寛政年間(1790年代)京、大阪にはじまり次第に江戸、長崎に広まったとある。

 茶碗蒸し専門店「吉宗」の初代吉田宗吉は、慶応2年(1866年)に万屋町に店を構えたが、当時付近にあった魚市魚問屋などに働く忙しい人々のため簡単でうまい食事を提供しようと、蒸し寿司と茶碗蒸しの2碗セット(一対)を考案したもの。

 蒸し寿司は、すし飯の上に金糸卵、あなごのそぼろ、桃色のでんぶの3つを碗の中心から3等分して飾り、また茶碗蒸しは、あらの身、かしわ、あなご、しいたけ、きくらげ、ぎんなん、焼ふ、かまぼこ、竹の子などが入っている。創業慶応3年(1866年)、茶碗蒸し専門店「吉宗」は老舗として有名である。





大村市に古くから伝わる郷土料理で押し寿司の一種。
その独特な製法は昔ながらに受け継がれ、風味ある角ずしとして有名である。

 文明12年(1480年)、諫早勢の奇襲を受けた大村勢は唐津まで敗走し、6年後にようやく16代藩主純伊が、大村を奪い返した。この戦いで島原の有馬勢から大村領を奪回したとき、領民たちは大変な喜びようで領主・将兵を迎えた。

早速食事の用意に取り掛かったが、あまりに突然のことで食器が十分に揃わないため、とりあえずもろぶた(木製長方形の浅い箱)に炊きたての飯をひろげ、その上に魚の切り身、野菜のみじん切りなどを乗せて押えたものを食膳に共した。
将兵たちはこれを脇差しで角切りし、手づかみで食べたと言われ、これが大村ずしの起源と言われている。

 材料は、酢飯、錦糸卵、しいたけ、かまぼこ、かんぴょうなど。大村市内に、大村ずし専門店が4店舗ある。色鮮やかで甘味のあるのが特徴。





卓袱料理の一つで、長崎県外者にとって『謎な料理』の一つでもある。
明治頃に中国より伝来した。

基本的には、「海老のすり身」を「食パン」で挟み、油で揚げたものであるが、一般家庭で作られるハトシは、エビすり身だけだけではなく、「ひき肉」や「魚ミンチ」などを使われる事が多い。


中国語で書くと、「蝦吐司」または「蝦和麺包」と表記される。
ちなみに、「「蝦」は「海老」、「吐司」は「トースト」の意。





島原手延べそうめんは小麦粉の粘りを出すため、何度か熟成させながら少しずつ伸ばしていき、糸のような細さにまでする。
 こしが強くて煮くずれしないのが特徴。春はサラダに、夏は冷やして、秋には煮込みで、冬は地獄炊きなど幅広い食べ方がある。島原手延素麺協同組合連合会が発行した、新しいそうめん料理集「そうめんプリーズ」には和・洋・中華風の数々が紹介されている。





島原地方の代表的な郷土料理で、寛永14年(1637年)島原の乱で総帥天草四郎が原城に篭城したとき、付近の野草や山菜を使って兵のために作らせたという話は広く知られている。

海の幸、山の幸に恵まれた島原半島の特徴を生かして新鮮な野菜、かまぼこ、舌にとろける雲仙の凍豆腐など良質な材料を豊富に使った料理で、正月だけでなく家庭料理としてもよく利用されている。材料は、長崎白菜、鶏肉、ごぼう、せり・春菊、山芋、餅、れんこん、あなご、凍豆腐、ちくわ、かまぼこ、干しいたけ、卵焼きなど。

 創業文化10年(1813年)、具雑煮専門店「姫松屋」は老舗として有名である。島原の代表的郷土料理が具雑煮。その昔天草四郎が魚や野菜を餅とともに炊き、3カ月の篭城に耐えたというのがそのルーツ。鶏肉、穴子など13種の具をカツオ出汁の汁で炊き込み、薄口醤油で味付けした鍋料理である。






2kg以上の天然鯛の兜(頭)だけを使用する料理。

 口之津は有明海の入り口にある港町で、早崎半島沖を流れる早崎瀬戸は3月〜6月の大潮の時には潮流の速さが最大7ノットにもなるといわれ、勇壮なうず潮が観られる事で知られており、ここで育った天然鯛は、ほかでは見られないほど身が引き締まって甘いのが特徴。

 切り離した鯛の頭を塩味をつけただし昆布を敷いた上に乗せてだし汁と酒を少し加えて蒸すが、皿に盛り上げた姿かたちが兜に似せているところからこの名がある。もともと殿様料理であったともいわれ、出来上がりの姿は見事でぜいたくな料理である。





島原ではふぐのことを「がんば」と呼ぶ。ふぐは美味だが毒があるので、棺おけを用意してでも食べたいという意味である。

 特に北有馬・西有馬町を中心とした地域では、ふぐを食べないことには花見ができず「春がこない」とまでいわれ、昔から庶民に親しまれてきている。ふぐを3枚におろし、身の部分は湯引きにして3杯酢と薬味で食べるが、その残った骨(あら)の料理をガネだきという。
 ふぐのあらをぶつ切りし、ニンニクの葉、梅干しを加え、酒・醤油で味付けして汁がなくなるまで煮詰める。がね(かに)の身に似た味と歯ごたえが、この名の由来のようである。島原では、ふぐを「がんば」と呼ぶ。ふぐはおいしいが毒があるので、棺桶を用意してでも食べたい意である。身は湯引きで、残った骨(あら)は醤油や梅干しなどで味付けした汁で煮て食べる。島原の地方の郷土料理。





五島手延うどんの里は上五島の5ヶ町にまたがる。

 たっぷりのお湯で茹で上げられたあつあつのうどんを、醤油やあご(飛魚)だしのタレで食べる「じごくだき」が、五島手延うどんのもっとも美味しい食べ方として地域の人々に愛されてきた。


 「じごくだき」の由来は、地元の漁師が夜の沖で漁の作業後などに夜食としてうどんを食べていたことにはじまる。陸ではうどんを茹でてから1〜2回水につけて食べていたのを、船の上では真水が貴重なので一度だきで食べたところ味がよくうまかったことから、だれとなく「しごくおいしい」と感嘆した言葉が、いつのまにか変化したもの。
 五島手延うどん共同組合が発行した、五島手延うどん料理集「遊麺三昧(ゆめざんまい)」には若い人向けからシルバーの世代むけまでうどんの食べ方は紹介されている。





うにめしは明治時代から、五島、壱岐などで作られてきたもので、一般的には炊き込み飯である。
 こんぶだし、酒(みりん)、しょう油(かくし味として砂糖を少々入れるところもある)で調味し、沸騰したら生うにを入れて炊き上げる。時にはとこぶしやサザエの刻んだものを入れることもある。

 一般的に、うにめしと言えば、白飯に生うにとしょう油を掛けて食べる「うにのぼっかけ」や、これにお茶をかける「うに茶漬け」、また贅沢三昧窯めし風に食するところもある。どれもその地方地方の食生活・習慣によるもので、古くから受け継がれてきたものである。





諫早平野一帯は、古くから水田地帯で灌漑用の水路や河川も多く、うなぎ・ふな・なまずなどが豊富に採れた。

 諫早市内には数軒のうなぎ料理専門店があり、かば焼きにはそれぞれ秘伝のタレが使われている。諫早のうなぎは、本場でハネグロと呼ばれる種類で大変美味。
 背割りで焼き、素焼きの後タレを付けながら数回繰り返して焼かれる。器が二重になっていて、下段に湯が入れてあるため、身がいつまでも冷めず、柔らかい。





諫早は、すっぽんに関係が深い市。
諫早を代表する諫早公園内にある高城城跡。この城は、別名「亀城」と呼ばれており、公園の橋には「亀」のレリーフが彫られています。また、諫早の民話にも亀が多く登場し、諫早の市章にも使われているほどです。

県央地区には「すっぽんの養殖」で国内第2位の養べつ場があり、その味はとても美味です。

諫早市内などにはすっぽんのフルコースを食べさせる店も点在し、コラーゲン・滋養たっぷりのすっぽん料理を求めて、関東・関西からやってくるお客様もいるとの事です。







対馬の名物料理といえば、筆頭は石焼料理。

 山海の幸に恵まれた対馬の代表料理の一つ。熱しても割れない根諸石(石英斑岩)を炭火で焼き、その上に大きめに切った、ぶり、鯛、いかなどの魚類やあわび、さざえなどの貝類、しいたけ、たまねぎ、なす、ピーマンなど季節の野菜をのせる野趣的な料理である。

 もともとは照り焼きであるが、最近は塩焼きや素焼きに好みのタレをつけて食べられる。また、海洋深層水の層に沈んでいた天然の岩を使用してこの料理を行う所もあるという。

 さらに対州ソバというのがある。ふつうのソバと違うのは、ツナギを使わない事。全くソバ粉と水だけでソバを打っている。あくまでもソバの味を活かすため、薬味もネギと唐辛子だけを用いている。



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島国壱岐ならではの、自給自足の生活から生まれた鍋料理である。

 古くから、悲喜こもごもとこあるごとに、庭先で放し飼いにしている鶏を締め「ひきとおし」を作ってきた。みんなで鍋を囲み、労を癒し「ひきとおし寄合い」をしてきたといわれている。材料は骨付きの鶏肉、そうめん、大根、白菜、ごぼう、大ネギなどである。





銀紙に包まれて出てきたハコフグの腹は開かれ、ネギみそが詰まっている。小スプーンが添えられ、腹の方から中身をほじくるようにして食べる。カワハギ科で無毒である。とにかく美味なのでご賞味のほど。




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