HOME > 農産加工品



長崎は西洋と東洋の文化が混ざりあった街。

江戸時代、唯一の窓であった出島を通して様々なものが全国に広まった。そんな中、「ちゃんぽん屋」が街に現れたのは明治末頃のこと。
めん類が好きな日本人の嗜好を巧みにとらえていたばかりではなく、「かけ」や「もり」の値段に比べて、中国の人達のめん料理は油を使い、海の幸、山の幸をふんだんに盛込んで、値ごろ感が庶民に受け当時最も人気を呼んだ。

ちゃんぽんのルーツは福建料理の「湯肉絲麺(とんにいしいめん)」と言われている。「湯肉絲麺」は麺を主体として豚肉、椎茸、筍、ねぎなどを入れたあっさりしたスープ。これに長崎在住だった中国人の一人がボリュームをつけて濃い目のスープ、豊富な具、独自のコシのある麺を日本風にアレンジして考案したものが『ちゃんぽん』である。
材料は、もやし、キャベツ、イカ、貝類、かまぼこ、はんぺん、豚肉、ねぎなどを油で炒め特製のスープをかける。季節による食材を使っていたことから『ちゃんぽん一杯で四季が感じられる』料理と言われる。

料理法はまず鉄鍋を煙がでるくらいに焼き、肉を入れ具類を油でいため、強火でよくかき混ぜて風味をつける。スープは丸鶏2~3羽と豚骨と鶏骨を3~4時間かけて炊き上げたものを使う。このスープの取り方と火加減が秘訣となる。
何もかもひっくるめた具で味と栄養抜群で、人気がある長崎の味のひとつ。決め手は、ちゃんぽん玉の味付けとスープと火加減が店により秘伝らしい。新地の中華街をはじめ、各店自慢の味がある。




皿うどんのルーツは『炒肉絲麺(ちゃあにいしいめん)』である。

炒肉絲麺はスープがなく、今でいう焼きそばのようなものである。『ちゃんぽん』を考案したと言われている四海樓の初代 陳平順がちゃんぽんのバリエーションとして創ったものであり、長崎名物として定着している。

一説には当時、外国からソースの輸入が盛んになるとともに国内でも盛んに生産されるようになってきた。
平順は、このソースの持ち味をベースに新しい味の料理をと考えたと言われている。現在でも長崎の人は『皿うどん』に長崎独特のソースをかけて食している。

皿うどんは、ちゃんぽんに比べて少し値段がはり、それだけにやや高級なものとされていた。
1卓を4~5人で囲み、1皿の値段がちゃんぽんの約5倍であったが、各々小皿に取り分けて食べるので経済的な負担は、ちゃんぽんと変わりなく、ちゃんぽんよりも脂肪が多くて腹持ちがよかったので若い人たちに喜ばれ今日に至っている。

料理法はまず鉄鍋を煙がでるくらいに焼き、長崎の山海の幸であるイカ、エビ、蒲鉾、うちかき(小ガキ)、キクラゲ、キャベツ、豚などを細ぎりにして、ラードで手早く炒める。
少量のスープ(ちゃんぽんに使うものと同じ丸鶏2~3羽と豚骨と鶏骨を3~4時間かけて炊き上げたもの)を加えて風味をつけ、かたくり粉でとろみをつけたもの。パリパリした揚げ麺が特徴である。

本州方面ではまだ一般化していないが、長崎では日常的な食となっている。


五島に北風吹く頃が名物五島手延べうどん作りが始まる時期。

秋田の稲庭うどん・群馬の水沢うどんと並び、日本三大うどんのひとつとされ、「幻のうどん」とも呼ばれている五島手延べうどんは、主に上五島一円で作られている。

強力粉を原料に、島に自生する「椿」の油を使用して天然乾燥により仕上げられたもの。
風味の良さとなめらかな舌ざわりは最高。

早朝より始まるこのうどん造りの工程は数十行程にも及び、主として手延素麺とほぼ同じ工程が採られる。
根気よく伸ばし一本一本丹念に作り上げられ、さらに天然乾燥で仕上げられる。

この熟成が足りないと、麺は細く長くならないという。また、おなじ五島で開発された「あごじまん(あごだし)」との相性は最高級。
五島うどんの滑らかな舌ざわりとのどごし、風味豊かな味わいがこのあごだしによってさらに昇華されていくという。


西彼杵郡外海町はキリスト教を信仰する人々が多い町。

明治12年 この外海町にフランスからやってきたド・ロ神父はフランス産の小麦粉を原料に落花生油を引き油として風味豊かなそうめんを村人に伝えたという。それがドロ様素麺。
いつしか途絶えてしまっていた幻の素麺が昔の味そのままに腰の強さが自慢の手延べそうめんとして蘇えることとなった。

和風・洋風・中華風など幅広い料理に使える。外海町で数多くの福祉事業を行ったド・ロ神父が、女子救助院を設け、パンやマカロニなどと共に製造を指導したもので、今も町民たちが受け継いでいる。その味の良さに人気が高まり、生産も増加している。
長崎は麺の国。日本名水百選のひとつに選ばれた島原の湧水。こんこんと沸き出るこの水を利用して造られるのが島原手延素麺である。

作りはじめられたのは、寛政14年。島原の乱で、島原のほとんどの人が死に絶えてしまった。そこで、幕府は移民政策をとり、無人化した半島に各地より人々を移住させた。

この移民の中に小豆島・手延素麺作りの職人達がおり、皆にそうめん造りの技術を伝えたといわれ、350年以上の歴史を誇る。純白のツヤを放つ島原手延べ素麺は”島の光”とも呼ばれ、良質の小麦を使って仕込みから束にするまで数10行程もあり、しかも完全熟成させ、すこしづつ伸ばして出来上がる。

通常のそうめんとはコシの強さがまったく違うため、初めて食した人はこれがそうめんとは信じない事が多いという。近年、そのそうめんの特徴を完全に活かしたカップめんも開発され、さらなる人気を集めている。


長崎近海で採れたひじきと小麦粉を練り合わせたヘルシーな麺。

そば粉は一切使用しておらず、そばアレルギーの方も安心して嘱することが出来る。ほのかな磯の香りとコシのある食感が特徴で、つけ麺とかけ麺の2種類がある。


島原の郷土料理で、かつて島原一帯がひどい飢饉に見舞われた時、名主であった六兵衛という人物が地元の人々を救うために考案したと言われており、島原地方では主食として重宝がられた時代もある。

甘藷(さつまいも)を粉末にして山芋でつなぎ、おろしがねでおろし、熱湯の中にうどん状におとし出して煮るが、だし汁をかけ、薬味を添えて食べる。現在でも島原の一部で食することができるが、一般的にはあまり知られていない郷土料理である。

食感はうどんのそれとほぼ同じであるが、箸で掴む事は困難なほどつるつるである。
また、長さも短い。
汁とともにすすり込むようにして食べるとよい。味はさつまいものような甘さは無く、うどん感覚で食べられる一品。
※写真は「ごぼう天六兵衛」。