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日本唯一の開かれた港として南蛮船が往来した出島でべっ甲の技術を育み、日本一のべっ甲細工の産地となった長崎。出島を訪れた南蛮船は、飴色の工芸品べっ甲を長崎につたえました。

17世紀前半、中国伝来の加工技術。べっ甲細工は南の海にすむ、タイマイという海亀の甲羅から作られる。この長崎べっ甲の真髄は部分によって色や柄、厚みが違うタイマイの甲羅を張り合わせ、作品にあわせて生地の形を整えていく技にある。
目と指先の感覚で細工に適した生地を選別。職人は、甲羅にさわっただけで、この亀の年齢やどこで生まれたのかがわかるという。
そしてそれが、張り合わせの出来・不出来に大きく関わってくるとは、熟練職人の言葉。

まず、甲羅から必要な部分を切り抜く。次にダメどりといって、合せる部分の不純物を削り取る。さらにペーパーがけをおこない、接着しやすいように表面に細かい凹凸を付けていき、いよいよ張り付けとなる。

べっ甲細工は水と熱の芸術品と言われ、接着剤は一切使わず、熱と圧力だけで甲羅を張り合わせてゆく。火箸の温度加減。挟み加減。職人の鋭い目が光る。仮付けしたべっ甲を水に浸した柳の板で挟み、焼いた鉄板で押さえ、万力にかける。温度・圧力の加減。伝統の技がべっ甲に命を吹き込む瞬間。この結果、べっ甲は継ぎ目なく一つになる。そして、彫刻などが施され、べっ甲細工が出来上がるのだ。

中国で生まれ、ポルトガルへ渡り、やがて日本へ伝わったべっ甲細工の技。
匠たちのこまやかな感性と情熱は独自の技法、長崎べっ甲の世界を作り上げている。このべっ甲製品は古くはかんざしを主に、現在は宝船などの置物をはじめ、タイピン・ネックレス・ペンダントなど多彩。
明治23年、養殖真珠業が三重県で開始されたのと同時期から、長崎県でも始まった。

大村湾一帯や佐世保の九十九島、対馬の浅芽湾などで養殖業は現在でも盛んである。海水の水質も最も秀れている為、品質の良さは全国に知られている。その神秘的な光沢は、幸せを招く宝石と呼ばれるにふさわしい。


海の宝石とたたえられるさんご。明治のはじめ、五島沖から男女群島にかけての海は良質のさんごが採れる場所であった。そして、さんごは五島・富江に集められ、美しいさんご細工として新しい命を与えられることとなったのだ。

さんご細工の原料となるさんごは、群れをなしたさんご虫という微生物の骨格が木の枝のように硬化したもの。
このさんごに彫刻などを施し、特殊な技法でツヤを出すと、美しい調度品やアクセサリーが生まれる。
まず、出来上がりのイメージにあわせて素材を選び、大きさを合せていく。次に図案が描きやすいよう表面を削る。そして、絵付け。
自然の色柄を生かし、図案を描く。まず、大まかな形をつくる荒彫りから。さんご細工は自然が作り出した素材の風合いをどう生かすかという仕事になるという。正確な色合いを見極めるため、仕事は太陽の光がさす窓辺で、昼間だけ行われる。データーという道具の刃先を使いわけ、一彫り一彫り丹念に彫られていくのだ。
そしてツヤ出し。塩酸をお湯に溶かし、その中にさんごを入れると、一瞬さんごの表面が解け、独特のツヤが現れる。問題は酸の濃度と一瞬を見極める感覚。さんご職人は指先と手のひらだけで、この頃合がわかるという。

このほか五島さんご細工には、五島彫りという独特の技がある。背景や建物を彫った部分に段差をつけ、より立体的にみせる技法で、三段彫りとも呼ばる秘伝である。

五島さんご。海の底に何百年と育まれたさんごたちは、匠たちの手によって輝きという永遠の命を吹き込まれていくのだ。折り紙付の品質。海底に育つ赤宝石。サンゴが集まる地、富江町では、サンゴの工芸品作りが盛ん。五島の夕日を思わすような赤いサンゴ。少女の清楚な感じの淡いピンク色のサンゴ。男女諸島の女島で採れるもので、深度200mの海底で育ったもの。ヒビ割れの少ないキメの細かい、”粘り”があるのが特徴。
琥珀は約200万年から6,000万年に繁殖した松柏科植物(松・杉・檜)の樹脂が地中で化石化したものである。

琥珀の色彩は多様で、完全透明、茶色、黄色、それらが混ざり合ったもの等があり、独特のまろやかな輝きは魅惑的で、ギリシャ神話の中に”女神の涙”が琥珀に変わったという話がある程である。
また、樹脂が固まる間に偶然古代の生物(アリ、ハムシ、トカゲ)などが入り込みそのまま封じ込まれる場合があるが、それらは特に希少価値があるといわれている。
琥珀は英語で”アンバー”と言うが、古代アラビア語の”海に漂うもの”という意味の”アンバール”から発生したと言われている。比重が1.03~1.10のため濃い塩水に浮くため、このような語源があるのかもしれない。

また、古代の中国では、「虎が死ぬと精魄が地に入り琥珀になる。」と考えており、虎の魂魄に玉篇をつけて、”琥珀”と表現するようになったともいわれている。日本においては、正倉院の御物の中にべっ甲を表にらでん細工を施した琵琶があるが、そのらでんの上には、琥珀が輝いており、古くから、その美しさと希少性のため宝石として愛用されてきた。

現在、琥珀の主要産出国はソビエトであるが、日本においては、石川・長野・岐阜・福島・茨城・千葉県で産出している。長崎においては、べっ甲細工が盛んで腕の良い装飾職人が多く、この琥珀細工はべっ甲細工とともに成長してきたといえよう。
製品としてはアクセサリー類が中心で、イヤリング、ペンダント、ブローチ等がある。
透き通るような白の輝きと染付と呼ばれる藍色の文様との絶妙な調和を基本とする波佐見焼。  そのなかに鮮やかでかつ華やかな色彩が美しい美人画、花鳥画、山水画を得意とする浦川幸雄(号雅秀)氏という伝統工芸士がいた。
 昭和60年、日用食器が中心の波佐見焼にとどまらず装身具という新しい分野に挑戦しようとこの”ながさき雅”の製作が始まった。

金具に陶器という異素材のものを付ける事や装飾具という非常に小さな製品に独特の絵付を施すこと等様々の問題に直面し、一つ一つを解決するため並々ならぬ努力を要した。レンズを通して絵付するなど緻密な作業を要するこの製品もついに試行錯誤の末、昭和61年3月完成した。 製品としては、ペンダント、イヤリング、タイピン、カフスボタン、ループタイ等がある。
長崎県の特産品として古くから知られている長崎べっ甲、五島さんご、真珠を組み合わせ新しくアクセサリーを開発。

異国情緒豊かな長崎をイメージしいた製品で、天主堂、マダムバタフライに因んだ蝶々、港長崎の波などがデザインしてある。
つげは木の密度が細かく、弾力性に富み折れにくく、また油気の多い性質のため、非常に滑りがよく静電気が起こりにくいことなどから、数多い頭髪用装粧品のなかでも最上級の品として知られている。
自然素材を使い手作業で製作されるため、地肌に優しくなめらかな使用感がある。


長崎では昔、五島や壱岐、生月などに捕鯨基地があり、盛んに捕鯨が行われていた。

昭和30年前後からこの鯨のひげや歯を様々な物に加工する商品開発が行われるようになった。現在では捕鯨禁止により原料が枯渇しているが、企業化が進み、堅くなめらかな素材を生かしたアクセサリーや置物などの商品開発が行われている。

特にくじらの歯は象牙に似た色合いや材質を持ち、「オーシャン・アイボリー(海の象牙)」と呼ぶにふさわしい落ち着きを持つ素材となる。